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【連載】あなたの知らない将棋ソフトたち 第一回 きふわらべ

記念すべき将棋ソフト紹介の第一回です!

 

果たして、この連載で最初に紹介するソフトは何でしょうか。

Bonanza?Ponanza?GPS将棋?それともやねうら王?

ディープな将棋ファンなら、どれもどこかで名前を聞いたことのある(ひょっとしたら対局したことがある!)ソフトかもしれません。

 

ところがどっこい、これらのソフトは超一流の上澄みなのです。その陰には闇に埋もれた無数のソフトたちが存在します。

今回はその中でも色んな意味でぶっちぎりの個性を放つ、「きふわらべ」を紹介します。

 

きふわらべの歴史

きふわらべは高橋智史氏により開発された将棋ソフトであり2015年、第25回世界コンピュータ将棋選手権で初めて公の場にその姿を現します。

初出場ソフトというだけあって未完成、ルール通りに将棋を指せはしたのですが、「全ての反則でない指し手の中からランダムに一手を選ぶ」だけのプログラムでした。

きふわらべは一次予選を全敗で敗退してしまうものの、プログラムのエラーによる切断負け、あるいは反則手を指しての負けは一局もありませんでした

 

これは実はなかなかに凄いことで、初出場のプログラムは何かしらエラーや反則手を指して負けてしまうことがよくあります。*1

これは今後の棋力向上が楽しみなソフトが登場した……かのように見えました。

 

別次元の進化

きふわらべの棋力は初出場時、予選全敗の状態が最初にして最強でした

その後きふわらべは一切強くなることなく*2、毎年世界コンピュータ将棋選手権や将棋電王トーナメント、電竜戦と様々な大会に常連のように出場するものの、2020年末の現在まで、ただの一度も他ソフトの玉を詰ませて勝利したことがありません*3

 

ところが、ここからきふわらべは誰も予想の出来なかった異次元の進化を遂げます。

昨今のコンピュータ将棋の大会では、ソフトの使用技術について数ページの簡単な文章でソフト作者が自ら概説する「アピール文書」を提出することが多くなっています。

 

翌年の第26回世界コンピュータ将棋選手権、なんときふわらべは狂気の165ページにわたるアピール文書を書きあげます。*4

 

更に狂気を増すアピール文書

第26回世界コンピュータ将棋選手権のきふわらべのアピール文書は、分量こそ異常であるものの、内容はまだまともだったのです。何故ならきふわらべのプログラムに関係のあることについて書いてあったからです。

 

更に翌年の第27回世界コンピュータ将棋選手権、きふわらべの156ページのアピール文書*5は、そのうちおよそ155ページがきふわらべと何ら関係のないお絵かきに費やされます。おそらく機械学習とは何かについて、作者なりにお絵かきでイメージを描画したものだと思われます。(数学的な記述が一切ないため、理解不能

 

毎年このような異常な分量のアピール文書を送りつけるきふわらべに辟易したコンピュータ将棋協会の理事により、翌年から「アピール文書は人間の読める文字でA4の25ページ以内であること」というルールが追加されました。

 

きふわらべ進化の極北、第1回世界将棋AI電竜戦 

この作者の方向性が極まったのが2020年に開催された第1回世界将棋AI電竜戦です。

この大会は、これまでの大会とは異なり、参加費用さえ払えば同一人物が複数のプログラムを出場させることが可能でした。

ここできふわらべの作者は何を思ったか、これまでに作成した将棋ソフトの9バージョンを全て出場させるという暴挙に出ます

もちろん、指し手は反則こそせずとも、合法手から一つをほぼランダムに選択するという相変わらずのデタラメな豪快な棋風です。

これにより電竜戦の予選通過ラインギリギリのプログラムは、きふわらべとより多く当たったほうが予選通過という地獄に。会場は組み合わせの不平を訴える開発者たちで阿鼻叫喚の様相を呈しました。

 

独自性とは何なのか

世界コンピュータ将棋選手権の参加規約*6の第六条第五項にはこうあります。

参加プログラムは、主要な開発者が思考部に技術的に何らかの明示的な工夫を施したプログラムであること

果たして明示的な工夫とは、一体何なのでしょうか。きふわらべの思考部にはいかなる明示的な工夫があり、世界コンピュータ将棋選手権への参加を認められているのでしょうか。

かくも、きふわらべという将棋ソフトはその存在を通じて独自性の概念を再考することすらも我々に突き付けてくるのです。

前衛芸術が「芸術とは何か」という枠組みを常に破壊し続ける存在であるのと同じように、きふわらべは将棋ソフトにおける前衛芸術のようなものであるのかもしれません。

*1:たとえば第19回世界コンピュータ将棋選手権ではとあるソフトが全局反則負けをしました。

*2:正確には、オープンソースの強豪ソフトAperyを何度かほぼそのまま出場させたことがあり、その時には相手玉を詰ませて勝ったことがあります。

*3:相手の反則負けや時間切れ負けで勝利をしたことは何度かあります。ちなみに、第1回世界将棋AI電竜戦できふわらべ同士が対局し、奇跡的に詰みが発生しました。

*4:http://www2.computer-shogi.org/wcsc26/appeal/KifuWarabe/appeal.pdf

*5:http://www2.computer-shogi.org/wcsc27/appeal/KifuWarabe/appeal.pdf

*6:http://www2.computer-shogi.org/wcsc30/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E5%B0%86%E6%A3%8B%E9%81%B8%E6%89%8B%E6%A8%A9%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB-191204.pdf